源実朝公は、甥の公暁(くぎょう)によって殺され、その後、御首(みしるし)は、公暁を討ち取った三浦氏の家来、武常晴(つねはる)らによってこの秦野の地に持ちこまれました。
そして当時この地を治める波多野忠綱に供養を願い出て、手厚く葬られたと伝えられています。
当初の五輪塔は木造でしたが、1250年(建長2年)に波多野忠綱(ただつな)が金剛寺を再興した時、石造に代えたと言われています。木造の五輪塔は、現在、鎌倉市の国宝館に展示されています。
実朝まつり
11月23日(祝)